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新年おめでとうございます 新年のごあいさつ

組合員のみなさん 新年あけましておめでとうございます

理事長 熊谷純一09年は、世界でも日本でも、大きな歴史的な「変化」のあった年でした。政治的には、GDP世界1位、2位のアメリカと日本で大統領と首相が国民の力によって変わりました。オバマ大統領は、それまでの軍事最優先、新自由主義の路線が破綻したことを受けて、「チェンジ」を掲げて、アメリカ史上初めての黒人系の大統領として就任し、「核兵器のない世界」を目指すことを表明しました。また、日本においては、むき出しの「格差社会」を推し進め、大企業優先、金持ち優先の悪政を続けた自公政権が倒され、民主党中心の連立内閣ができ、鳩山政権が誕生しました。
戦後、実質的に国民の選挙による政権交替が実現し、国の主人公、主権者は国民である事を実証し、大きな民主主義の前進がありました。
しかし、政治が変わったといっても、経済の面では、一向によくならず、不況は円高の進行と共に大きな「不安」を国民生活に影響を落としています。特に、会津地域はIT産業に関する多くの工場があり、リストラの風が吹きあれています。加えて、世情は乱れ、目をおおうような「事件」が続発したのも昨年でした。
組合員の皆さん、こうした中にあって、私達は、創立50周年を迎え、式典を祝う事ができました。渡部恒三国会議員をはじめ、県・市の首長、JA、商工会議所、日生協、各地の生協の代表者、取引先の皆様はしめ、本当に多くの方々が式典に参加していただきました。この場を借りて心より御礼申し上げたく思います。
理事会は、これからの百年に向かって前進すべく決意を新たにしたところであります。この50年の生協運動へのご参加、ご指導に対し、組合員の皆さんに理事会と全職員を代表して衷心より深く御礼申し上げる次第であります。
さて、09年を事業面で振り返ってみますと、何と言っても「コープベスタ」の開店が大きな前進でありました。組合員のくらしを「防衛」するために何が生協はできるだろうか?という問題提起から始まった「新業態」への模索は、「コストを削って、安い価格の実現」と「より安全な、より美味しいものを品揃えする」ことで、組合員のくらしに貢献するということでした。そのために様々な工夫をし、ベスタ誕生となったわけです。
そして、バリュー店舗にもいい影響を与え、ようやく利用者数、供給高も前年を上回り、未だ収益性の回復に至っておりませんが、確実に収益は向上しつつあります。組合員のみなさのご利用と語意見をお寄せいただくことをお願いいたします。共に店舗事業を前進させましょう。
少子高齢化は、会津は急激にすすんでいます。共同購入事業(宅配事業と今後呼ぶことになりました)は、隣近所助け合う事が前提となっております。高齢化社会にぴったりの事業となって、益々重要性は高まっています。ぜひお隣り近所をお誘いください。
共済事業は、今、最も生協事業の中で伸びている分野です。助け合いの輪を広げれば広げるほど保障はよくなります。しかも掛け金も下がってきます。コープ共済連は日生協から独立し、より安心の基盤は広がりました。
旅行事業は、本当に組合員さんに喜ばれております。何と言っても「親切・安心」をモットーにしています。是非、未だご利用されたことのない組合員のみなさん、一度生協旅行課に気軽にお声をかけてみてください。
生協は、組合員のくらし大変の今こそ大切な組織だと思います。「一人は万人のために、万人は一人のために、そして次世代のために」という相互扶助という、今、最も大切な理念を持った運動体です。さらに利用を結集していただき、また、お仲間を増やし、地域で安心して暮らせる社会に向かって、みんなで前進する年にしましょう。

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会津の散歩道 

…87… 「会津士魂の礎」保科正之―武断政治から文断政治へ 江戸時代安泰の礎を築く―

会津藩主・保科正之のNHK大河ドラマ化!!実現を求める超党派の国会議員の会結成される!の記事が新聞に載りました。 大河ドラマ化は正之公の生誕400年に合せ平成23年〔2011年〕か?大河ドラマ実現に向け署名30万数万人集まる。(保科正之さんの施政の実績から学ぶのとNHK大河ドラマ化に向け改めて歴史を学んでみませんか。) 
保科正之保科正之さんと言えば会津の人は会津藩松平家藩祖として知られております。学校の教科書的には「正之は2代将軍秀忠の隠し子として生まれ、やがて異腹の兄・家光から絶大な信頼を得て家光の遺言によって徳川4代将軍家綱の補佐役として幕政を戦国時代の余韻が残る武断政治から法律・制度を中心とした文治政治へと導いた立役者」(徳川家略系図参照)というのがプロフィールになります。
「天地人」の直江兼続のように兜の前立てに「愛」の文字を掲げ「義」に生きたドラマ性も無く地味キャラで大河ドラマの主人公としてはどうなのかなという感じがします。イマイチ馴染みが薄く、立役者と言うよりも謹厳実直で控えめな「影の立役者」というようなイメージが強いのも否めません。直江兼継だって決してメジャーな存在ではなかったですよね!
私も米沢の上杉神社は何回も行って愛の兜は知っていましたが、ドラマ化されて全国区になったのでないですか?
しかしドラマは脚本や演出、キャスティングによって良くも悪くもなるものですから、有り得ないとは言い切れません。
ところで、なんで将軍の子供なのに徳川でなくて保科なの?
それは将軍秀忠が恐妻家だったからです。この徳川でなく保科の姓を名乗ったのは何故か?出生のいきさつ? 恐妻家ぶり!などは次回以降にいたします。

家系図

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