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6月の通常総代会に先立ち、4地区(塩川、坂下、喜多方、若松)で地域総代会が開催され、活発な協議の末、全ての提案事項について確認されました。地域総代会では、全体総代会に提案される議案内容を事前に各地区の総代さんに報告説明され、意見・質問を頂きながら協議をおこなっております。その協議内容、出された意見・質問等は、全体総代会で報告されます。
通常総代会の議案内容や承認事項などについては、来月号の特集でお知らせいたします。

 

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特集

コープあいづでは週一回、カタログでご注文いただいた商品を配達しております。COOP商品や生鮮食品をはじめ、衣料品や幅広いグッズ商品、全国の名産品など、お店では取り扱っていない商品がたくさんあります。自信を持ってお勧めできる商品ばかりです。
宅配・共同購入は大事な時間を節約でき、ゆとり(時間)をお届けします。
コープのお店と宅配を商品や便利さを使い分けてご利用されておられる組合員さんも多くいらっしゃいます。お気軽にお声掛けてください。係りのものが説明に伺いします。(0120-043-852)オイシサハコブ

<ご利用特典>

@個人宅配・班配達をご利用の方にもれなく毎月、生協のお店で使えるお買い物回数券200円分プレゼント
A班配達ご利用の方に、利用額に応じた利用還元が受けられます。
B毎週取り扱う商品約200品目の中から毎週必要なものを登録していただいた方で、初回注文されるときに、豆腐・産直卵・産直牛乳などのおすすめ商品から2品をプレゼント
Cご利用時点で3歳未満のお子様がおられる家庭を対象に、子育て応援として個人宅配手数料300円を1年間半額に値引きサービスします。





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会津の散歩道 

…91(會津の人)… 保科正之「会津士魂の礎」--2--

2011年の NHK大河ドラマは浅井三姉妹の末娘「江(ごう)」の生涯を描いた「江〜姫たちの戦国〜」を放送するとNHKより発表された!
淀・初・江。信長の妹お市の方を母とし、末っ子に生まれた江がヒロインです。
先を越されましたが、保科正之の父二代将軍秀忠正室於江与(おえよのかた)のドラマ化です。次は息子正之の出番です
不遇な生い立ち
保科正之は1611(慶長16)年、江戸の下町・神田白金丁で産声をあげました。母はお静といい、後北条氏の旧臣・神尾伊予の娘です。お静は大奥へ奉公に上がっていたとき秀忠の乳母・大姥に仕えていました。その際、秀忠のお手つきとなり、寵愛を受け懐妊し兄の神尾嘉右衛門方へ宿下がりするのです。一族で協議しましたが、これが於江与の方に知れては一族全体に累が及ぶことを恐れ一度はお腹の子を堕してしまうのです。
その後秀忠が大姥をとおし再び大姥に仕えさせ秀忠との仲が復活し懐妊することになります。又神尾一族は累を恐れ堕してしまおうとするのですが、これに反対したのが弟の神尾才兵衛で「将軍の子を二度も水子にするのでは罰が当たる」と言って神尾一族で守り産ませることとなり、姉の嫁ぎ先の白銀丁竹村助兵衛宅に送ります。その後お静には噂を聞きつけた頼もしい協力者として見性院(武田信玄次女、穴山梅雪正室)が現れ、そこで慶長16年(1611年)に幸松(後の正之)を生み落としたのです。男児誕生の報告を受けた秀忠は葵の紋付の小袖を贈り、「幸松(こうまつ)」という幼名を授けたと伝わっています。将軍みずから認知したわけですから、そのまま江戸城に母子ともども引き取られてもおかしくはありません。しかし、秀忠の正室は、幼くして父母を戦乱で亡くし、時の権力者に人生を翻弄され幾度かの結婚を余儀なくされ、秀忠との結婚は三度目の結婚だったのです。こういう人生をくぐり抜けたこともあってか、秀忠より七歳年上で激しい気性の持ち主であったと伝えられています。忠長を溺愛し家光を疎んじ、歴代の将軍が「英雄色を好む」の格言にあるような私生活を送ったのに比べ、秀忠の大奥には摘む花もなかったことからも、その嫉妬深さが推察され秀忠も頭が上がらないほどでした。
このような状況では正之の存在は将軍家においては秘密扱いとなりました。秀忠にはすでに長男・家光、三男・忠長という有力な跡継ぎ候補がいたため、新たな有資格者の出現はかえって面倒なことになるという事情もあったのでしょう。1626(寛永3)年、於江与の方が没したことで、秀忠は幸松を隠す必要がなくなりましたが、秀忠の生前に親子の名乗りをあげて対面することはできませんでした。
この後は次回に!

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